みなさん、こんにちは。
リンダちゃん@あかね こと 攝津正です。
http://www.ccsp.jp/
の仕組みを使わせていただいて「自由通貨meta」の実験を始めています。
http://www.ccsp.jp/myccsp/entry/detail.php?pId=40
community、というか わたしの言い方では ex-community もできかけていて、
http://www.egroups.co.jp/group/meta21/
でメッセージのやりとりを読むことができます。
(過去ログは誰でも閲覧できます。)
まだ参加者は少ない__ML登録者は8人、そのうちCCSPに登録してくれたのは
僅か4人でしかありません。
それで、ぜひこの実験、遊び、ママゴトに付き合っていただける方々を探したく、
メールを差し上げることにしました。
みなさん、ぜひおつきあいいただけませんか?
これは徹頭徹尾、ママゴトであり、遊びです。
得るものがあると保証はできませんが、リスクは__少なくとも経済的リスクは
ありません。わたしは、meta で生活を成り立たせようなどと考えていません。
交流のきっかけになればいい、いいかえれば<魂の交換>の象徴的ママゴト、
数字の戯れであればいい、というくらいに思っています。
CCSPでは取引履歴が公開されないし、管理人すら他者の残高や取引履歴を
見ることができない仕組みに今は設計しています。(CCSPを試してみる、という
意味あいで始めたものでもあります。)
ですから、わたしも自分の取引しか分からないのですが、
主に感謝の気持ちの表明や情報提供や技術提供への謝礼としてmetaを使っています。
取引回数は、2ヶ月で9回、わたしの口座残高は +1,329 meta です。
++++++++++
個人的な話をさせてください。
わたしは、地域通貨Q( http://www.q-project.org/ )からの落ちこぼれです。
Qに自分が勝手に見ていた夢と自分自身のあり方のズレに気付き、また
柄谷行人先生のエッセイ『Qは終わった』の衝撃もあり、運営のトラブルもあり、
Qの管理運営委員を辞めるのみならず、ヒステリーの発作で、Q会員自体を
辞めてしまいました。
Qでの経験は宝物のように貴重なものでした。
わたしはレインボーリングやピーナッツなど先行者に無知だったので、
Qによって、Qを通じて、初めて地域通貨というものに触れ、それを知りました。
リントンのホームページから曖昧模糊と伝わってくるLETSのイメージは、
半ば夢のようなものであり、信じがたいもののようでもあり、しかし、堅実な
政治的で経済的な<技術>のようにも見えるものでした。
わたしは、それを日本で、しかもオンラインで実現しようとする
Qプロジェクトに参加できたことを心から喜び、誇りに感じていました。
しかし、Qプロジェクトは困難が多いプロジェクトでした。
素人が集まって、必死に作り上げた規約とシステムには、セキュリティホールが
厳然とありました。わたしは、このような煩瑣な規約にしてしまった、
煩瑣主義で厳格主義の傾向の一翼に加担していた自分を執拗に責めました。
Qを今ある姿にしてしまったのは、わたし自身のせいでもあったのです。
Qを辞めた後、2ちゃんねるで誹謗中傷される(という妄想を抱く)ということが
あり、神経の病いを悪化させていましたが、Qに見た夢、
「LETSの口座を持てば金の無い人間などいない」という夢を何とか継続したいと
願い続けてきました。
不可能なことと思いつつ、祈るようにして、手探りで限界思考を紡いできました。
例えば、2月に今年初めてイラク反戦デモに宮下公園に行ったとき、
多数の野宿者に遭遇し、野宿者でも使える地域通貨があれば__と夢みていた
ことを思い出し、次のような限界思考を捻り出しました。
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先贈りの倫理とコミュニズム━━死霊通貨nを提案する
無限(不定)の貨幣発行権をすべてのひとに想定することは、他者の見方を変え、わ
たし(自己)の側の倫理=習慣━━生活態を変える。一言でいえば、倫理的−経済的
な意味において、他者が無限(不定)なものに変貌するのだ。
LETSの契約思想は、会員と非会員とを、差別する。それに対して、(コミュニズムが
地球上を徘徊する痴呆老人=亡霊であるという意味で)「死霊」通貨である「n」は、
会員制度を採らず、そのひろがりは不定であり、権利上無限である。nはnulloのn、
nuttyのn、n次元多様体のn、n個の性のnである。
豊かな市民が、煩瑣な規約を読み・理解しそれと契約した地域通貨会員(道徳的コミ
ュニティの一員)であるというだけの理由で特に困窮してもいないのに貨幣発行権を
もつというのに、困窮=必要を切実にもつひとたち(野宿者や外国人労働者など)が
生きるに値する生を享受するに足るだけの貨幣を自由に発行する権利をもたないとは、
どういうことか。すでに満ち足りた「わたしたち」の内部の交換を活発に盛り立てて
いながら、すぐ目の前にいる困窮したマイノリティに自由な通貨発行権を無限=不定
に認めないというのは、どういうことか。ここでいう無限とは、数学的ではなく倫理
的な意味であり、他者の在り方をさししめしている。
オルタナティヴ通貨が、「今ここ」で実現されるコミュニズムであるというのなら、
「必要に応じて受けとり、能力に応じて働く」という理念を、ミクロな次元でただち
に実現しようではないか。夢想が咎められるべきものとなるのは、それがいまだ十分
に夢想的でないときであり、かつそのときのみである。
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「死霊通貨nを提案する」というのは、柄谷行人先生のエッセイ
「新たな市民通貨を提案する」の、もしかしたら悪意があるかもしれない真似です。
わたしは、柄谷先生のエッセイでQが死ぬとともにわたし自身の魂(Q)が死んだと
感じた、だから死霊の通貨を立ち上げるのだというような気持ちでした。
自由通貨meta の原型は、この「死霊通貨n」です。
自由通貨meta は、不要と宣告されたあらゆるモノ・サービスや人、廃物や廃材の
リサイクルの場所、<夢の島> を復興することを目指しています。
<夢の島> とは何でしょうか、死んだものが蘇る場所、のみならず、
これまで一度も生きてこなかったものたちが初めて<生きる>場所でもあるのです。
わたしは、そのような<場所>を開きたい、metaは手段、道具、技術に過ぎない、
目的は<夢の島> のラディカル(急進的=根底的)な復興です。
柄谷先生が構想なさっている市民通貨(わたしはその詳細を知りません)が
徹頭徹尾、<夢想世界> を排除するものであるとすれば、
わたしの自由通貨meta は、自らの力ない広がりがいまだ<夢想世界> をしか
構成しえないことを公然と認めるものです。ゆえに、詐欺ではありません。
最初から、目指すところのものを、現状を、告知し公然化しているからです。
みなさん、どうかこの罪のないママゴトに混じって、参加してください。
よろしくお願いいたします。
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リンダちゃん@あかね(攝津正)
047-449-4848/047-449-5855
http://sapporo.cool.ne.jp/hommelets/
http://femmelets.hp.infoseek.co.jp/
RAM-catalog: http://www.eris.ais.ne.jp/~fralippo/demo/