2004年の正月は忙しい上に、札幌の神社なんて全然知らない。それで、私は初詣には行かないつもりだった。
そもそもわざわざみんなで同じところに行って、人ごみにもまれて何が楽しいのか。
昨今では出勤時間をずらすという試みが行われているという。帰省ラッシュも同様に緩和の傾向にある。
ならなぜ初詣も時期をずらして行おうとしないのだろうか。
だいたい、何万人と押しかけている時期の願い事よりも、あまり人が訪れない時期の願い事のほうが神様の耳に届きやすいに決まっている。
そうだ。
じゃあ私も初詣を一週間ほどずらせばいいんだ。
というわけで、12月26日に初詣に行ってきました。
何か問題でも?
……さて、私は、阿部野橋から近鉄南大阪線に乗った。
この夏に明日香に行ったときに取りこぼしたいくつかの天皇陵も巡ってやろうという魂胆からである。
こういうときのために天皇陵の場所をリストアップしておいたのだが、そのデータは札幌に忘れてきた。
さて、御託はともかく、私が今回巡るのは橿原神宮とその周辺の古墳である。
橿原神宮は明治時代に創建された新しい神社で、とりあえず国家的伝説において神武天皇が即位した場所ということになっている。明治期に寄付などによって作られたらしい。むちゃくちゃ広いが、まあ明治神宮や仁徳天皇陵ほど地価は高くはないだろう。
さて、近鉄南大阪線は、橿原神宮の南の端を掠めるように走っている。南西の端にあるのが橿原神宮西口駅、南東の端にあるのが橿原神宮前駅である。
橿原神宮前は南大阪線と吉野線、京都線が接続する駅で、ここから北に(つまり橿原神宮の東の端を掠めるように)伸びるのが京都線。南に伸びるのが吉野線だ。
京都線で橿原神宮前の次の駅は畝傍御陵前駅。この駅は丁度橿原神宮の北東の端あたりに位置している。
「畝傍御陵」というのは、要するに神武天皇陵のことだ。たぶん。駅前に神武天皇陵がある。
天皇陵はいくつか知っているが、やはり神武は別格らしい。天皇陵そのものよりも、周りの何のかんのがでっかい。
ちなみに神武天皇陵の北隣には第二代の綏靖天皇の御陵があるはずなので、そちらにも立ち寄ることに。だが地図は結構当てにならないもので……最大の理由はなぜか畝傍御陵前駅にてくてくマップ(近鉄が提供する詳しいハイキングマップ。無料)がなかったからだが……、いけどもいけどもなかなかそれらしいものがない。
そろそろ足が痛くなってきて後悔の念がもたげてきた頃にやっと行き着く。綏靖天皇陵だ。
しょっぱなからもう悲鳴を上げている足を引きずり、道を取って返す。橿原神宮は神武天皇陵よりも南側だ。
神武天皇陵を過ぎ、県道なりに南下。両側が林になる。もう橿原神宮の中なのだ。
ちなみに、駅のすぐ南あたりに、橿原考古学研究所の経営する博物館があった。橿原考古学研究所、略して橿考研は、日本でも随一の民間の考古学研究所である。奈良の遺跡の大部分の発掘に関わっており、そちらの方面のニュースに気をつけていれば必ず名前を耳にする。
のだが、あまり時間はなさそうなうえにもう足が痛いので、涙をのんで次回ということにした。
この時点で、また今度橿原に来ることが決定。
さて、それはともかく、県道の右側(西側)に鳥居を発見。参道に入った。
なんというか、所々に「瑞穂第13期生」とか「○○連隊」とか書かれた石碑が鎮座しているのが、ちょっと異様。橿原神宮、らしいのかなあ。
参道は閑散としていたが、多分1週間後には出店が嫌というほど並ぶんだろうな。
参道の先にあったのは、立派な門。今から考えたらこれは明治期の民衆の寄付からなっているはずで、いくらかかったんだよ、とか思わなくもないが、そのときは正直、すげえ、と思った。
そして本殿。財布に5円玉も10円玉も50円玉もないことを後悔しながら、100円玉を放り込む。
ついでに、お守りを買うことにした。よくよく考えたら今年のうちに来年のお守りを買うのはいいんだろうか。そう思って巫女さんに聞いてみたが、別にかまわないとのこと。自分と弟のためのお守りを買い、次の目標へ向かう。
次の目標というのは、橿原神宮の西側にそびえる畝傍山の西の麓にある、懿徳天皇陵と安寧天皇陵である。道は全く分からなかったが、多分橿原神宮西口駅が最寄駅だろうから、駅に行けば地図ぐらいあるだろう。
そう思って参道を西へと歩いていく、と、大きな勘違いに気付く。
……よくよく考えたら、橿原神宮西口駅ってどこだ……。
まあ、なんとかなるだろ。いやむしろ、緊急の課題は駅の位置よりも、昼食だ。
そう考えて、参道をそのまま歩いていくと、どうやら橿原神宮前の駅のほうに出てしまったらしい。鳥居の手前(内側)に、橿原神宮が経営しているらしい土産屋+軽食屋を発見する。
……誰もいないけど、やってるんだろうか。
というか、この値段の高さは躊躇する。しかも客がいない。怖い。
もう少し別な店はないかいな、と、外に出てみた。最初に見つけたレストランは、えらく値段が高いので却下。もう少し歩くと(失礼ながら)小汚い……いや、地元の人向けな感じの食堂を発見する。ドアの前で、観光客らしいおばはん2人が、サンプルケースを見て何にするか騒いでいる。
経験則からいって、妙にこぎれいなレストランよりこういう店のほうがおいしいものだ。ここに決めて、中に入る。おばはん2人も一緒に入ってきた。
メニューを見て、魚に目がない私はすぐに焼き魚定食に決定する。しかも鰤だ。鰤は北海道ではほとんど食べる機会がない。ので、帰省すると必ず鰤を食べる。
私のその注文を見て、うわおいしそ、などと騒いで、おばはんらも焼き魚定食を頼む。おいしそもなにも、現物見てへんがな。
私のお茶に茶柱が立ったことをきっかけに、そのおばはんたちともちょこちょこと会話する。この屈託のなさが大阪のおばはんのいいところであり、鬱陶しいところでもある。こういうときにすぐ仲良くなれるということでもあるが、他人のプライバシーというものを全く斟酌しないということでもある。
まあそれは今回は関係のないことだ。仲良くおしゃべりをして、腹を満たして出る。定食はすごくおいしかった。「きれいに食べてくれましたねー」とか言われたが、残飯が全く残らないように食べるのは私なりの賛辞であり、謝辞でもある。
さて、腹を満たしてから、一旦橿原神宮の中にとって返し、畝傍山の向こう側に出る道を探す。それはすぐに見つかった。しかしこの道に先に行ってたらあのおいしい定食は食べれていないわけで、道を間違ってよかった。
橿原神宮の西側は、参道というよりも公園という雰囲気だが、それでも林の中に神饌田(新嘗祭で神に奉納するための稲を作る田)があったりして、やっぱり神社である。
鳥居のそばに地図を発見。地図を頼りに懿徳天皇陵と安寧天皇陵を探す。
懿徳天皇陵はすぐに見つかったのだが、安寧天皇陵はなかなか見つからない。思ったよりも距離があって、もっと向こうまで行かなければいけなかったらしい。てくてくマップがない不便さを再び実感。
迷いに迷って見つけた天皇陵のまん前に、「→安寧天皇陵」という立て札を見つける。みりゃ分かるよ。もっとあっちのほうに作れよ。まったく。
さて、これでこのあたりの用は終わったので帰っても良かったのだが、前回の明日香旅行の際にいくつか天皇陵の取りこぼしがあったので、それも見に行くことにする。橿原神宮西口駅で電車に何とか飛び込み、明日香へと向かった。
取りこぼした天皇陵は、次の二つだ。
欽明天皇陵。
そして、文武天皇陵。
どうでもいいんだけどなんで天皇陵ってみんな同じ構えなんだろう。なんか様式でもあるんだろうか。
ともあれ、体力に余裕があればキトラ古墳も行きたかったのだが、さすがにもう精魂尽き果てたので帰ることにする。
帰りに天王寺の旭屋で萌え単を買ったのは、まあどうでもいいことだ。