14. ミレニアム・サド・2000
2000年8月11日(金) 夜
そして仕事が終わった・・・。僕は7時を過ぎると逃げるように家にとんでかえり、メシをかっこみ、風呂に入り、仮眠を少し取った。朝のうちに車への荷物の積み込みは終わっており、準備は万端。いつでも出発できる状態にある。それにしても朝、スーツ姿でキャンプ道具満載の車を運転していくというのもおかしな話で、いったい何しにいくんやろ?とその滑稽な姿を思い出して少し笑ってしまった。
午後23:35分、新幹線の最終列車が上田駅に到着。盆を田舎で過ごそうという大勢の人々に混じって、黒く日焼けした戸堀とあいかわらずのでかい図体の堂腰が改札から吐き出されてきた。軽く挨拶をしてすぐに車にのりこみ、次のピックアップ地へ。手塚、田中と車にのせ、合流地点である坂城IC下のセーブオンへ立ち寄った。久保、佐藤、山崎はすでに到着しており、「えー、みなさま、この度は恒例の佐渡島ツアーにご参加頂きまして誠にありがとうございます・・・・(以下省略)」と簡単な団結式をしていざ出発!
2000年8月12日(土)
車2台で合計8人、上信越道を一路直江津へと向かう。盆のせいか夜中でも交通量は多い。荷物満載の上に人もいっぱいいっぱい乗せているので車はぶっこわれそうなエンジン回転数になりながら夜の高速を北上していく。やがって車は黒姫へとさしかかり、みんなちょっと眠気を催してきたところで運転手交代。自他共に認める、ペーパードライバー、田中の登場である。彼はペーパーであるにもかかわらずアメリカに出張した際、無謀にもフリーウェイを左ハンドル車でぶっとばしたそうな・・・おそろしい。彼にハンドルを預け、われわれは命を預け、車は再び出発した。車が本線に合流すると中心がさだまらず、あっちへふらふら、こっちへふらふら、気がつくと大型トレーラーにあおられている。さっきまでさわがしかった車内がしんと静まり返る。こっちはありもしないブレーキを踏んでいるおかげで右足がつっぱっている。それは皆同じだった。そんな極度の緊張状態の中、田中が発した言葉は・・・・「なんか眠たくなってきた・・・」。冗談ではない。車に乗るとすぐ眠くなるというが、運転しているのは当の田中である。こんなところで寝られてはたまらないと必死にはげましつづけ、なんとか上越ICまで到達することができた。一同ほっと胸をなでおろす。
午前2時半ごろ、車は直江津港に到着。すでにたくさんの車が乗船待ちをしている。早速乗船手続きをしているとなんとまあもう乗船が始まるというではないか。あわてて車に戻り、乗船に備える。車に戻るとすぐに前の車は動きだし、まもなく僕たちの車はその巨大な船体のなかへと収まっていった。巨大なフェリー、「こがね丸」は車のスペースも2階建てになっており、それはそれはたくさんの車が収容できる。僕らの車はそのちょうど2階部分に収まることとなった。下を見下ろすカンジになるのでちょっとうれしかったが、そんな余韻に浸っている場合ではない。荷物を素早くまとめ、2等船室へと急いだ。そう、寝場所確保のための争奪戦がこれからくりひろげられるのだ。
手に寝袋やタオルケットをもち、2等船室をめざす。今日は満席のため、いくらカーペットだけの船室とはいえ、寝る場所には困るくらいたくさんのひとが来るにちがいない。しかし既に乗船した人々は思い思いに自分の場所を陣取り、なかなか8人が眠れるようなスペースが見あたらない。一番奥まで行ったそのとき、比較的広いスペースが見つかった。まず先発隊4人はもってきた寝袋などをひろげ、他の人達が侵入できないようにスペースを確保。やがてやってくる残りの4人を待った。思った通り、船が出航するころには一人分の寝る場所さえ見つけるのが大変なくらいになっていた。

午前3時20分、闇夜の中フェリーは静かに直江津港を離れていった。波は穏やかなため、かすかな揺れがここちよい。2時間30分後にはもう小木港だ。少しでも寝ておかないとあとが大変だ。あらかじめ用意しておいた寝袋にくるまる。乗船時は少し蒸し暑いくらいだったが、昨年の経験でクーラーが利きすぎてブルブルになるはずである。おそらく貸し毛布をたくさん貸し出す戦略なのだろう。常連ぽい人達は皆、布団などかけるものをもっていたが、大半の人は持っていなかった。みんな蒸し暑いくらいなのでそのまま横になっている。「ふん、これからが寒いのだ。」と内心これから起きるであろう状態を予測しつつ、眠りに入っていった。
佐渡おけさの音楽と共に小木港到着の放送が流れてくる。あまりに調子の狂う音楽でとても目覚めが悪い。メガネをつけて周りをみるとなんとまあやっぱり寝る前にはほとんどなかった貸し毛布を使っている人達の多いこと。やっぱり起きるころにはクーラーがききすぎるくらいに効いていた。もそもそと寝袋をしまい、ぞろぞろ車へともどっていく。やがて船は小木港に接岸し、車がはきだされていった。
5:50、小木港から早朝の道を走る。昔に比べて道がよくなり、快適になっている。それよりも驚いたのは佐渡の人は朝が速い。まだ6時だというのに道沿いのいたるところで談笑したり農作業をしているひとびとを見かける。オドロキつつも車は順調に距離をのばし、やがて相川に到着した。相川で軽く朝食をとり、再び出発。尖閣湾をかすめ、平根崎をとおり、くねくねと海沿いの道を走ること数十分、昨年と同じキャンプ地、入崎(にゅうざき)のキャンプ場に到着。またやってきてしまった・・・。

手続きをすませ、テントを設営する。テント2張りとタープ1張りを設営し、みんな汗だくになったところで目の前の海へ。しかし・・・海には藻がたくさん浮いていてしかも水が濁っている。ここは海がきれいなハズなのに・・・。どないなってんねん?と首をかしげつつもやはり海の魅力には勝てず、海へ飛び込む。水がほてった体に心地よい。ひさしぶりの海を心ゆくまで楽しむ。海の中でぷかりぷかりと浮いていると「アア、シ・ア・ワ・セ」という気分になれる。目をつぶっていると自分が海にゆられているのを忘れてしまうくらいだ。天気は快晴でこの上なく良い。砂浜に寝そべると熱せられた潮の匂いが鼻をくすぐる。途中、家から持ってきたスイカを食べたが、よく冷えており、じりじりと焼け付くような太陽の下で身にしみるうまさだった。こうして海でひたすら遊んでいると、やがて日が傾いてきた。
そろそろ撤収するか?と砂浜にもってきていたパラソルや浮き輪・クーラーボックスなどをもってテントにもどる。いつのまにか風が強くなっており、よーく見るとテントがとばされかかっている。そういえばさっき砂浜の向こうでテントがとばされていたっけ。自分たちのテントもかなり危険な状態になっていたのであわててテントの補強にとりかかる。ロープとペグの数を増やし、何カ所も留めていく。しかし地盤が想像以上にかたく、ペグが中にはいっていかない。そう、大きな石が下にごろごろしていたのだ。ペグを力ずくで打ち込むとほどなくしてペグはぐにゃりとまがり、見るにたえない姿になっていく。強風でテントはバタバタと暴れ、気を抜くと飛んでいってしまいそうだった。しかしこればっかりやっていては夕食が食べられない。急遽、買い出し部隊とテント補強部隊にメンバーを半分に分けた。残る4人にテントの補強を願いつつ車でちかくのスーパーへ行く。風は低気圧の影響か、洒落にならないくらい強い。車もゆさぶられるほどだ。
まずはサザエを手に入れようとスーパー近くの漁協にいく。しかし人影はなく、周りを見渡してもだれもいない。ボーゼンとしているとしばらくしてライトバンにのったおばちゃんが通りかかり、「あんたたちも氷買いに来たの?」。この漁協では魚はもちろん、氷も売っているのだ。「いや、違うんです。サザエ買いに来たんですけど・・・」と事情を話すとおばちゃんは「ちょっとまっててね・・・」といって車を走らせていった。2人をスーパーに行かせ、僕と山崎は所在なげにそこにたたずんでいた。待つこと約15分、おばちゃんがやっと戻ってきた。期待に胸ふくらませていると、今日は漁協が休みだから明日の朝にならないとだめみたい・・・とのこと。「そんなあ。これが楽しみできたのに・・・」と心の中で己の不運を呪いつつ今回はあきらめるしかないのかとがっくりしていたちょうどその時、一人の頑固そうなオヤジがやってきた。すかさずおばちゃんが聞いてみると、「だめだだめだ、明日」と冷たいことをのたまう。それでもおばちゃんあきらめずに食い下がってくれたが「ごめんね、やっぱりだめみたい」とのこと。少し期待が高まったところでまた落とされ、さっきよりもがっくりしたところで、氷の倉庫から若いにいちゃんが顔を出し、おばちゃんすかさずそのにいちゃんに攻撃を仕掛ける。にいちゃん「しゃーないな」という顔をしながらも岸壁いき、ゆわえつけられているロープを引っ張り始めた。「ん?なんだなんだ?なんなのだ?」とその光景をみていると、そのロープの先には鉄カゴがあり、その中にはまばゆいばかりのサザエさんたちがごろごろいらっしゃるではないか。もうダメだと2度も3度もあきらめかけていたサザエ。それが今目の前にある!うれしさのあまり僕と山崎の心は狂喜乱舞していた。にいちゃんはサザエを袋の中にいれ、手渡してくれる。7個で700円なり。にいちゃんとおばちゃんに手厚く礼を言い、その場をあとにした。
予想以上に時間がかかったが、念願のサザエを手に入れてうきうき気分で2人が既に向かっているスーパーへと向かう。肉がちょっと不満ではあったが、あらかた希望の品を手に入れ、テントへと向かう。本当は漁協でいい魚が手に入れば海鮮ナベでも・・・と思っていたのだが、サザエが手に入ったいま、贅沢は言うまい。
テントサイトではまだ必死の補強作業が続行中で、彼らはかなり苦労しているようであった。ありがとう。強烈な風に負けないよう必死でじりじりと来る日差しの中、確保作業を必死でやってくれていたのだ。彼らに感謝しつつ、山崎が自腹で買ってくれたアイスクリームをみんなで食べる。いいやつではないか。ほっと一息ついたところで本日のメインイベント、バーベキューの準備である。
各自分担してバーベキュー場所の設営、調理をする。炭火をおこし、火がいい感じになってくると、準備はすべて整った。各々ビールを手に「かんば〜い!」一日よく動き、よく働いたので冷えたビールが格別にうまい。乾杯してさあ食おうというとき、ちょうど「太陽が今まさに沈まんとス」という状況になったのであわててカメラをもってみなその場を放り出し、日の入りを見に行く。赤々と燃える太陽が水平線に沈んでいくのを眺め、しばし感慨にふける・・・間もなく・・・・あわてて写真を撮り、バーベキューをしに戻る。そう、野菜や肉が焼けているのだ。一刻の猶予もならない。あわてて各自皿をもち、一心不乱に食い始める。七輪ではアミの上でサザエがじゅうじゅうと音をたてている。ショーユをたらし、じゅわっと焦げるいい匂いをかぎながら焼けるのを待つ。肉は見る見る間に8人の胃袋の中に収まっていく。うまい!なんで外で食べるメシはこんなにうまいのだろう?感動しているヒマもなくサザエのつぼ焼きがいい具合にできあがった。悪戦苦闘しながら串でサザエを取り出し、口にほおばる。豊かな潮の香りが口の中を満たし、脳が「うまいぞ〜!」という信号を送っている。シアワセのひとときであった。トウモロコシ・・・これもショーユが微妙にかつワイルドに食感に働きかけてくる。うまい、うまい、んまい!を乱発しながらバーベキューは進んでいく。そのころ、飯ごうのご飯が炊きあがったんではないか?ということで飯ごうを開く。火加減が悪かったのかかなり生煮え・・・。これは食えない・・・。が、明日の朝にどうにかして食べようということになり、ご飯はとりあえずその辺においておいた。やがて訪れるであろう悲劇を我々は知る由もなかった。
さて、ごはんのことはすっかり忘れ、焼きそばをほおばり、満腹になったころ、やはり風は強かったが花火をしようということになった。食事の片づけを適当に済まし、砂浜へでていく。空中に打ち上げられた花火はぎゅいーんと弧を描き、横に流されていく。手持ち花火も油断していると風上から別の人の火の粉がふりかかり、火の粉を浴びながらの花火であった。そんなときの線香花火のはかないこと。火の玉が大きくなる前にぽたぽたと落ちていく。楽しい楽しい花火大会を満喫してテントに戻ると、すでに大半は昨日からほとんど寝ていない疲れからか、早々に寝る準備にとりかかっていた。風があいかわらず強いのでテントの中はバサバサと音を立て、とてもうるさい。しかも気温が下がってきた。そんな中、堂腰はタープの中で・・・しかもゴムボートの中で寝息をたてていた。あれは寒いに違いないと口々に皆いいながら、テントを再度補強した。テントをあらかた補強したころ、堂腰は完全に熟睡モード。おそるべし!堂腰!

じゃんけんで寝る場所を決める。あまりにも風が強いので、明日の運転の事も考え、車の中で寝ることにした。テントで寝た人達はテントのバサバサ音でやはりよく眠れなかったらしい。僕は申し訳ないが、朝まで熟睡させてもらった。
2000年8月13日(日)
朝目覚めるとすでに何人かは起きていて、眠たげに海岸でタバコをくゆらせている。時間は6時。風はやんでおり、天気は昨日以上によさそうだ。早速火をおこし、朝食の準備にとりかかる。ナベの水をわかし、あまりものでコンソメスープをつくる。さて、ご飯をどうしようかと飯ごうをあける。ん?ゴマふりかけた?そのとき、悲劇は起こった!「ア、アリ〜!!!!」。そう、地面に直接おいていた飯ごうにどこからともなく大量のアリが侵入し、白かったご飯はさながらゴマをまぶしたご飯のように「アリまぜご飯」になっていたのだ。ゴマならまだいい。中でうごめいているのだから。中はどうなっているかとほじくりかえしてみると、数時間でどうやってこんなに入ったのか、まるでアリの巣のように大量のアリがぞくぞくと中からでてきた。「ひえぇ〜( ̄▽ ̄;;」数分後、そのご飯は闇に葬られることとなった。
朝から強烈なショックをうけながらも空腹には勝てず、スープを飲み、タマゴやベーコンを食べ、とりあえず満腹に。あまりに太陽がじりじりと暑いので、早く海にはいろうとしゃかしゃかと手早く片づけ、海へ。山崎はあまりに日焼けがひどく、リタイア。久保も体調不良で車で休んでいた。山積みの仕事を必死で片づけていたのでそれが祟ったか?日差しは時間と共に強くなり、じりじりというよりジュージューといった方が良さそうなくらい体を焦がしてくる。しかし海にはいればとりあえず忘れる。海は昨日とはうって変わって澄んでおり、透明度が非常に高い。かなり深いところでも底まで見渡せるくらいだった。沖合に岩がつきだしているところがあったのでそこまで泳いでいき、海に飛び込む。メガネがいらないくらい目がよければもっときれいだろうに。メガネなしでも美しいと思えるくらい水の中はきれいに見えた。下の方では魚の群が泳いでいる。海にとびこんでは岩に登り、また飛び込みを幾度となく繰り返し、海遊びを楽しんだ。やはり透明度の高い海は心まで洗われるようだ。そうこうしているうちに昼になり、僕たちはテントを片づけて車に積み込み、昼食をたべようと入崎をあとにした。
砂金とりを体験しよう!という話がもちあがった。途中の店で昼飯を食い、西三川ゴールドパークに行くことに決定。途中、相川の街で買い物などし、一路西三川ゴールドパークへと向かった。海岸沿いの道はこの上なく美しい。海はどこまでも青く、太陽が黄金色に反射して輝いている。道ばたにはひまわりの花が咲き乱れ、それは快適なドライブであった。日差しが強いのを除いては・・・・。このころ肌はどこも真っ赤になり、太陽が当たるだけでひりひりと痛むくらいだった。シーブリーズをぴたぴたと塗っても焼け石に水というカンジでこれはやばいなというところであった。
やがて車は西三川ゴールドパークに到着。佐渡の砂金とりの歴史を見学したあと、実際に砂金採り体験。平たい円錐形の皿に砂をいっぱいに盛り、水の中でまわして砂を少しずつ取り除いていく。最後に残った黒々とした砂鉄の中にきらりと光る黄金の粒が輝く。「うわ、ホンマに金がとれるんやー」と内心オドロキつつも気分はゴールドハンター。既に自分の世界にどっぷりとつかり、まわりの人の迷惑も顧みず水をバシャバシャ跳ね飛ばし、一心不乱に黄金の粒をあさっていた。30分の体験はあっという間におわり、ある人はとれた黄金でペンダントやキーホルダーに、僕はラミネートでカードの中にいれてもらった。「おー、よくとれたねー。普通の人の3倍くらい採ってるよ」という係のおじさんの言葉に単純によろこびながら西三川をあとにした。

当初の予定では温泉に入っていく予定であったが、みんなとても入れる状況ではなかった。それこそ熱い温泉なんか入ったら地獄である。日はだんだん傾き、フェリーの時間が近づいてきていたので、小木港へと向かった。小木では旅の楽しみにとっていたうまい寿司を食う予定である。
小木に到着すると、あたりはだんだんと暗くなっていた。まだフェリーの出航までにはしばらく時間がある。「竹屋」という小木では人気らしい寿司屋にいくが、なんとまあ、盆のため予約がいっぱいで入れないとのこと。佐渡に来たときから「寿司・寿司・寿司・・・・」と呪文のように繰り返しながらも最後の最後までとっておいたのにこれではあまりにもひどい。もう胃の中は完全に寿司モードである。これ以外は考えられない。仕方なく近くのおっちゃんに他の寿司屋を聞き、そこへ行ってみる。が、ここは休業。これはあんまりではないか?あきらめずに狭い小木の街の中へ車を乗り入れる。目を皿のようにして両側を見ているとあったあった。下が魚屋で上が寿司屋のようないい感じのところがあるではないか。道が狭くて車が止められないので少し離れたところに車をとめ、そこへ行ってみる。しかし・・・・ここも営業終了であった。3度もふられ、皆に絶望の色がにじむ。道をとぼとぼと歩いていく皆の足取りは重かった。

「!!!!」あった。キタナイ感じの店ではあるが、定食屋のようなところがあるではないか。最後の望みをかけ、そこに入る。「やってますか?」誰も入っていない店におそるおそる聞いてみる。「はい」というその返事にどれだけ救われたことか。「美松」というその店は寿司こそなかったが海鮮丼がメニューにあり、8人全員それを注文した。フェリーの時間は刻々と迫ってきている。のんびりと作っているおっちゃんの動きに内心あせりながらもじっと待つ。ようやく海鮮丼がでてきて皆あわててほおばる。新鮮な海の幸がふんだんにごはんにのり、たいそううまい。みそ汁にしてもワカメの味が濃い。一口噛むごとに味わいのある新鮮な魚介類を口に放り込みながら「佐渡に来てよかった!」と実感した瞬間であった。

会計をすますともうフェリーの出航時間はすぐだ。あわてて車にもどり、小木港に行く。5分ほどして乗船がはじまった。
帰りのフェリーは行きに比べて小さく、しかも乗客も少なかった。車の積み込みもかなり余裕をもっており、それでも前半分くらいで積み込みはおわってしまった。これは余裕だと2等船室へといってみると案の定人はまばらである。カーペットの一区画を8人でひろびろとつかったが、それでも隣の区画は空いていたりと行きの混みようがうそみたいだった。行きは船の中で仮眠をとったが、ミョーに元気だったのでUNOをはじめる。が、すぐに外にいこうということになり、甲板にでてみることにした。日はとっぷりと暮れており、遠くにかすかに太陽の光の名残が見える。小木の街の明かりがぐんぐん遠ざかっていく。月明かりだけが僕たちを照らしてくれていた。
甲板でしばらく時を過ごしたあと、イベントプラザへ。ステージのついている広い部屋があり、そこでしばらく談笑していた。昔、堂腰が合宿でギャグ100連発をやった話などで話がもりあがる。突然堂腰が立ち上がり、ステージに飛び乗り、歌を歌い始めた。人影はまばらだったが、それでも注目をあび、恥ずかしくなったのかまた席へともどってきた。その後もヤツは何度か突然ステージに駆け上がり、ギャグをやったりと楽しいひとときは過ぎていった。今度は冬に舞台付き宴会場を借り切って一人一芸やろうという話まで飛び出し、先の予定がどんどん決まっていった。
やがてフェリーは21:50直江津港に静かに接岸し、僕たちは高速道路をひたはしり、上田へと戻っていった。ついたのは夜中の12時。まさに48時間フルに遊び切った。さすがにくたくたである。明日は仕事。月曜日の仕事がとてもだるかったのは言うまでもない・・・。
− 完 −
(ほとんど事実ですが、一部フィクションです)